研究内容
自然界における木材腐朽機構の解明(平井・小野)
木材の主要成分
植物は、道端に生えている小さな草花から、巨大な樹木まで様々なサイズがありますが、全ての植物を形作る主要な構成成分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンの3つです。セルロース、ヘミセルロースは多糖と呼ばれる成分であり、リグニンは芳香族高分子と呼ばれる成分です。リグニンは、フェニルプロパン単位がランダムに縮重合した構造を持っており、不定形高分子です。木材を意味するラテン語を由来とする名称であり、樹木に特に多く見られる成分であり(20-30%)、セルロースに次いで地上で2番目に多いバイオマスであると言われています。リグニンは植物の細胞間接着や硬さに寄与しており、化学的に非常に安定であるため生物的な攻撃に対して植物を守る働きも担っています。それ故、木材からセルロース等の多糖を取り出そうとする場合、リグニンを除去するために多量の薬品やエネルギーを使用する事になります。一方で、香料であるバニリンの原料や火力発電燃料として工業利用されていますが、その賦存量に対して利用法が十分に確立しているとは言えません。
白色腐朽菌
我々の研究室で主に研究対象としている「白色腐朽菌」は、木を腐らせ生育する木材腐朽菌に含まれ、シイタケ・エリンギ・エノキタケなどのキノコ類もこの微生物群に属します。リグニンを分解し、白色の多糖を残すことから「白色腐朽菌」と呼ばれます。白色腐朽菌は、リグニンを水と二酸化炭素までに完全に分解することが出来る唯一の微生物として知られています。それ故、白色腐朽菌はリグニンのような難分解性物質の分解力に優れています。同時に、リグニン分解の過程で生じた多様な構造を持つ低分子有機物を、更に分解するための代謝・分解力も保持していると考えられています。この様なリグニン分解能は非常にユニークな機能であるにもかかわらず、その分解メカニズムの全貌は未だに解明されていません。リグニン分解には主にリグニン分解酵素と言われる酸化還元酵素と、その機能をサポートする周辺酵素によって進行する事は解っていますが、酵素反応のみではリグニン分解を進行させることは非常に難しく、まだ未知の機構が存在していると我々は考えています。リグニン分解機構の全貌解明ができれば、産生されるリグニン分解産物を自由にコントロールできるようになるかもしれません。
高活性リグニン分解菌のリグニン分解機構
我々の研究グループでは、白色腐朽菌のリグニン分解機構を解析するために、非常に強いリグニン分解能を持ち、多糖を余り分解しないリグニン分解選択性の高い白色腐朽菌、つまり高活性リグニン分解菌であるPhanerochaete sordida YK-624株を主な研究対象として、「白色腐朽菌のリグニン分解機構の全貌解明」に向けた研究を進めています。木材中のリグニン分解に関わる酵素・遺伝子の探索や機能解析はもとより、リグニン分解により生じた低分子リグニンフラグメントの代謝に関する研究なども進行中であり、分子生物学、生化学分野から有機化学まで幅広い分野の実験を行っています。
ごく最近の研究成果として、
・分子育種技術によりリグニン分解力を強化した白色腐朽菌変異株の作出
・リグニン分解に関連する金属イオンの取り込みに関わる輸送体の同定
などが挙げられます。
自然界における木材腐朽
白色腐朽菌が自然界で木を腐らせる際に、腐朽菌が単独で生育しているわけではありません。倒木には、細菌や真菌などの他の多種多様な微生物が混在しています。ある種の細菌や真菌と共存する場合に木材分解能力を向上させることがあると古くから言われており、腐朽木材上では非常に複雑な微生物間相互作用ネットワークが介在していると考えられます。しかし、近年オミクス技術が発展し複雑系の解析が可能になってきているにも関わらず、その相互作用機構に関する知見は殆どありません。これは、自然界における微生物叢の多様性は莫大で、解析するには余りにも複雑であることが原因の一つとしてあげられます。また、自然界の細菌叢は非常に不安定で、実験的再現性を得ることが非常に難しいことも理由として考えられます。この様な理由から、自然界から腐朽木材を取り上げ、その相互作用をそのまま解析するのは非常に難しいと言えます。
そこで我々は、木材腐朽に関わる白色腐朽菌の未知機能を明らかにするべく、白色腐朽菌培地に自然界由来細菌を混入させ、純粋培養時よりも白色腐朽菌のリグニン分解特性が改善された複合微生物系を自然界で作り上げ、そこから表現系と菌叢の安定化したモデル白色腐朽菌-細菌複合微生物系を構築しています。